日本法医学会プライバシーポリシー

改訂・日本法医学会・プライバシーポリシー

1.はじめに

 法医学を専門とする我々は、日頃より、「死者を含めた個人や家族や遺族(以下、家族等と記す。)の尊厳と権利を守ることが重要な使命である」との認識に立って実務・教育・研究を遂行している。その際、我々の言動が社会の誤解を招いたり、死者の尊厳や遺族感情への配慮を欠いたりすることがあってはならず、プライバシー保護や倫理面への配慮などは社会的規範に合致した考え方のもと、適切に対処なされるべきである。
 法医学領域の倫理的基本姿勢は、2013年に日本法医学会が公表した「日本法医学会倫理綱領」に示されている。また、研究目的の試料・情報の使用原則として、2002年に「法医学領域の解剖等により採取・保存された臓器・体液等の法医学研究への使用について」が、また実務・教育・研究を網羅した個人情報保護の原則として、2006年に「日本法医学会プライバシーポリシー」(2015年に一部改定)、さらに2013年に「法医学研究の発表における個人情報等の保護に関する指針」が日本法医学会から公表されており、我々はこれらを遵守している。
 一方、研究については、2002年以降施行された厚生労働省等が定める医学研究に係る複数の倫理指針ならびに2005年に施行された個人情報保護法に則って行われてきたところである。このうち、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」および「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」は統合・修正され、2021年6月30日に「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(以下「生命・医学系指針」という。)として施行された。さらに、2022年4月1日には改正個人情報保護法が施行され、生命・医学系指針を始めとする各種指針もこれに応じて改正されている。
 特に2022年の指針改訂においては、研究対象者に死者が含まれ、既存の試料・情報も対象となることが明記されている。2022年施行の改正個人情報保護法において、死者にかかわる情報は、生存する家族と共通のものを除き、同法の対象ではない。しかし「生命・医学系指針」においては、研究への利用やその停止にあたり、死者の生前の意思、名誉等が十分に尊重された上で、代諾者等へのインフォームド・コンセントが必要となることが記されている。
 このようにここ数年、個人情報保護をはじめ、我々が守るべき倫理原則の基となる社会的規範が大きく変化してきている。
 ところで、司法解剖では、犯罪捜査の秘密保持のため家族等との直接接触することは、控えられているという実状がある。しかしながら、研究目的のための臓器の採取及び保存については遺族への説明と理解を得ることが望ましいというのがこれまでの立場であり、我々は今後もこれを維持していかなくてはならない。
 以上の背景から、我々が順守すべき法医実務・教育・研究の遂行にあたっての倫理原則のうち、実務面の個人情報保護にかかわるもの、および生命・医学系指針に基づく研究に際する個人情報保護にかかわるものを、日本法医学会のプライバシーポリシーとしてあらためて提示することとした。
 なお、法医学における実務とは解剖(司法解剖、行政解剖、承諾解剖、調査法解剖等)・検案だけでなく各種の検査や鑑定を含み、その対象は生体・死体・物体を問わない。
 以下、法医実務における個人情報保護の原則と、生命・医学系指針に基づく研究における個人情報保護の原則、さらに運用上の補足事項について述べる。
 なお、本プライバシーポリシーは個人情報保護法の改正(規則・ガイドライン・Q&Aを含む)、および生命科学・医学系倫理指針の改定に伴い、適宜内容を改訂する。

2.法医実務における個人情報保護

 ここでは、法医実務に関連した個人情報保護の基本的な原則を掲げる。

【1】人権・プライバシー保護の面から、試料・情報の混交や紛失、盗難などがないよう、適切に管理しなければならない。
【2】法医実務(解剖、検案、各種鑑定など)には法律上の同意を必要としないものもあるが、できるだけ本人あるいは代諾者等に説明し、了解を得るなどの対応が望まれる。また、臓器や体液等の試料の採取・保存・検査を伴う場合は、そのことについての説明が必要である。
【3】法医実務により得られた医学情報は、適切な方法で公開し、医学・医療の発展に資することが理想である。したがって、得られた試料・情報を研究や教育に使用する可能性については適切に公開し、本人あるいは代諾者等の同意を取得することが望ましい。
【4】実務内容に基づき発表・講演・教育を行う場合は、「法医学研究の発表における個人情報等の保護に関する指針」に則り、プライバシー保護や倫理面に十分配慮しなければならない。また、司法解剖等では、刑法や刑事訴訟法に規定された秘密の保持に注意し、捜査や裁判の障害にならないように配慮しなければならない。
【5】十分な配慮をしてもなお個人等が特定される可能性がある場合には、本人あるいは代諾者等の同意を得ることを原則とし、それが困難な場合には、所属機関の倫理審査委員会等の承認と所属機関の長の許可を得ることが望ましい。

3.「生命・医学系指針」に基づく研究における個人情報保護

 ここでは、法医学領域の研究者が「生命・医学系指針」の適用範囲となる研究を実施するにあたって、遵守すべき基本的な個人情報保護の原則を掲げる。なお、臨床研究法に該当する研究、薬機法に基づく治験等については、それぞれの法律や指針を遵守し、所属機関の定めに従い、適切に実施しなければならない。

【1】法医実務の本来の目的のために得られた試料や情報を用いて研究を実施する場合、それらの試料や情報は「既存試料・情報」として、一方、研究を目的として新たに試料や情報を採取する場合、それらの試料や情報は「新たに取得する試料・情報」として扱わなければならない。いずれの場合も、法律や指針等を遵守し、実施される研究は該当する倫理審査委員会での承認と機関の長の実施許可が必要となる。
【2】生命・医学系指針に基づく研究の実施に当たっては、原則としてインフォームド・コンセント(代諾者等へも含む)を受けなければならない。一方、法医実務では関係者等との接触が困難な場合が多々存在する。その場合は、法律や指針等などを遵守し、研究対象者等への通知または容易に知り得る状態による拒否機会保証を含めた適切な同意の手続についての適否を該当する倫理審査委員会等に意見を聞くとともに、研究機関の長の判断に従うべきである。

4.運用上の補足事項

 これまで、2.法医実務における個人情報保護で実務の原則、3.『生命・医学系指針』に基づく研究における個人情報保護で研究の原則を述べたが、ここでは実際の運用に際して想定される事項について補足する。

【1】代諾者等への説明について(代諾者等の選定方針を含む) 近年、法医実務においては、遺族等の代諾者等へ「解剖等で得られた事項を研究・教育にも使用する」旨などの説明を行っている機関もある。このような説明は、実務上望ましい。
 一方、「生命・医学系指針」の適用範囲となる研究における同意の根拠としては十分でなく、研究に使用する際には「生命・医学系指針」に基づいたインフォームド・コンセントの手続き(個別同意あるいは情報公開による拒否機会の保証)を行うべきである。
 なお、生命・医学系指針における一般的な「代諾者等」とは、同居の配偶者・親族、あるいは近親者に準ずる者(研究対象者が成人している場合)、親権者または未成年後見人(研究対象者が未成年である場合)、および法的代理人を指している。一方、運用上は個々の状況を考慮しつつ、研究対象者の意思及び利益を代弁できると考えられる者が選定されることが望ましいとされている。同指針の対象となる法医学的研究のみならず、法医実務においても、上記の方針に則った対応が求められる。
【2】研究に関与する際の手続きについて
研究への関与の仕方によって実施すべき手続きが異なる。つまり、自身が研究責任者(代表者)、新たに試料・情報を収集し研究機関に提供を行う者、既存試料・情報の提供のみを行う者のいずれに該当するかによって手続きが異なるため注意が必要である。特に、主たる研究機関でない共同研究機関であっても適切な倫理審査を要する。
【3】試料・情報の管理について
管理する試料・情報の内容は各施設によって異なるが、当該施設の規定や該当する法律・指針等に則って適切に扱うべきである。

令和4年12月24日 改訂

医の倫理委員会
委員長   井濱 容子  (横浜市立大学)
副委員長  上村 公一  (東京医科歯科大学)
委員    浅野 水辺  (愛媛大学)
委員    酒井健太郎  (東京都監察医務院)
委員    高橋 識志  (弘前大学)
委員    塚田 敬義  (岐阜大学)
委員    呂  彩子  (聖マリアンナ医科大学)
委員    河村 建夫  (学会外:むさん社会福祉法律事務所)
委員    松井 菜採  (学会外:すずかけ法律事務所)