1.はじめに
医学の研究や業務は人を対象とすることを不可欠の要素とすることから、対象者本人や家族に対するプライバシー保護はもちろんのこと、倫理面への配慮等について社会的規範に合致した適切な考え方のもとに対処される必要がある。
法医学を専門とする我々は、日頃より、「死者を含めた個人の尊厳と権利を守ることが重要な使命である」との認識に立って、教育、研究、実務を遂行している。我々の言動が社会の誤解を招いたり、死者の尊厳や遺族等関係者の心情への配慮に欠けることがあってはならない。
すでに日本においては、ヒトゲノム遺伝子解析研究、疫学研究、臨床研究についての倫理的指針が定められている。そして、これらの研究に関する倫理指針は、平成17年4月1日からの個人情報保護法の完全施行に合わせて改定されており、さらに、医療活動についても個人情報保護法に対応した指針が定められている。
法医学の領域では、個人情報保護の一般的な問題のほか、家族の同意を必要としない司法解剖や行政解剖の業務遂行上の特殊性を抱えている。これらの解剖は、犯罪捜査や公衆衛生上の観点から社会が必要とする解剖であるため捜査機関や都府県から直接委嘱される。そして、これらの解剖は、一つ一つが貴重な事例として法医学の教育・研究に資するものであると共に、将来の実務に活かされ、社会に大きく貢献するものである。また、いわゆる準行政解剖(承諾解剖)にも類似点が指摘される。
このように、法医学の教育、研究、実務の活動は、司法解剖や行政解剖、あるいは承諾解剖(以下、法医解剖と総称する)に密接に関わっている。とりわけ、司法解剖では、家族と直接接触することは、一般的には控えられているという実状がある。
このような背景を踏まえ、我々は、すでに平成14年8月1日に「法医学領域の解剖等により採取・保存された臓器・体液等の法医学研究への使用について」を学会として定め、倫理的な基本原則を示しているところである。
このたび個人情報保護法が施行され、各種倫理指針がそれを受けて改定された状況を受け、これまでの考え方をベースとして、法医学における教育、研究、実務の遂行に当たっての個人情報保護の原則を日本法医学会のプライバシーポリシーとして提示することとした。
2.法医学会プライバシーポリシー
ここでは、法医解剖に関連した個人情報保護の原則を掲げる。それ以外の研究については、個人情報保護法や関連する研究に関する倫理指針を遵守すべきである。
【1】司法解剖や行政解剖は必ずしも同意を必要としないものではあるが、できるだけ遺族から解剖の了解を得ておくことが望まれる。また、遺族は解剖には臓器や体液等の採取・保存・検査が伴うことを知らされているべきである。
【2】死者や家族の人権・プライバシー保護の面から、解剖記録や採取試料の混交、紛失・盗難などないよう、保管・管理は厳正・適切に行われなければならない。
【3】解剖の事例について、学術研究会、論文等で発表する場合は、個人やその家族のプライバシー保護に十分配慮しなければならない。司法解剖例では、捜査や裁判の障害にならない配慮が必要である。また、十分な配慮をしても個人等が特定される可能性がある場合には、遺族の同意を得ることを原則とし、それが困難な場合には、所属機関あるいは学会等の倫理委員会の承認を得ることが望ましい。
【4】解剖における保存試料が、その解剖本来の目的で用いられるのではなく、別の目的の法医学研究の対象となる場合には、その使用に関し、研究目的を説明した上で遺族の同意を得ることが望ましい。遺族から同意を得る者は、その研究について責任ある立場の者であることを原則とする。法医解剖の事例を用いた研究で、遺族の同意を得ることが困難な場合には、所属機関あるいは学会等の倫理委員会で、その理由が了承され、研究の実施が承認されることが望ましい。
【5】人を対象とした法医学研究は、人を対象にした他の領域の研究と同様に所属機関あるいは学会等の倫理委員会の承認を得るべきである。また、必要な場合には研究実施についてホームページで公開するなど情報の公開を行うことを考慮すべきである。
平成18年4月26日
日本法医学会理事長 勝又 義直
日本法医学会倫理委員会
委員長 大野 曜吉
副委員長 武市 早苗
委員 向井 敏二
委員 鈴木 廣一
委員 木林 和彦
外部委員 木村 利人
外部委員 水口真寿美
本プライバシーポリシーは平成18年4月26日開催の第91回日本法医学会評議員会で承認された。