異状死ガイドラインGuidelines for notification of unnatural death

日本法医学学会「異状死ガイドライン」についての見解

日本法医学会

 医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定しているが、この届け出るべき「異状死」とは何かについて、しばしば混乱が生じていた。そこで、日本法医学会は、平成6年5月に、「異状死ガイドライン」を作成し、異状死体を、「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」と定義した。またそのなかで、医療過誤の可能性のある場合について次のように規定している。

【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの

 注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
 診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
 診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。
 診療行為の過誤や過失の有無を問わない。

 これに対して日本外科学会等から批判が出ている。その批判は、診療行為中の患者の死をすべて異状死として届け出なければならないとするならば、それは医師の萎縮医療を招き、更に医師と遺族との信頼関係を破壊するとの危惧を前提とするものである。またこの「異状死ガイドライン」が医師法21条に対する法解釈であるなら、異状死の届け出に関して自己負罪拒否特権が問題となるとの指摘もある。しかし日本法医学会「異状死ガイドライン」はその前文にも記載してある通り、「社会生活の多様化・複雑化にともない、人権擁護、公衆衛生、衛生行政、社会保障、労災保険、生命保険、その他に関わる問題が重要とされなければならない現在、異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている」との考えに基づき、以下の点を考慮して作成されたものである。

  1. 医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、...」とある。ここで言う検案とは単に死体で発見された場合の検査と言う意味に限局されるのではない。診療中の患者においてもその死の判定をした後に、主治医あるいは他の医師は、正確な死亡診断書や死体検案書作成のために、その死の原因を究明すべく死体を詳細に観察することが必要である。そのような観察は検案に相当するもので、少しでも異状が認められたなら当然届け出の義務が発生するものである。従って、医師法21条は医療機関における死亡にも適応されるとの考え方で何ら不合理はない。
  2. 「診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」とは、明らかに危険性が予見される手術合併症による術中、術直後の死亡や、診療行為中のすべての死亡例を異状死とするのではなく、あくまでも予期しない死亡あるいはその疑いのあるものを対象としている。特に診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合は医療過誤であるかどうかはともかく、将来紛争になる可能性が高い。その際に正当な届け出がなされていないことは(解剖が行われているか否かは別として)、紛争の解決に大きな障害となる可能性が高いと言わざるを得ず、また事後に捜査対象となる可能性が高い。従って、この項目に該当する場合は届け出る必要があることは理解できるものと考える。
  3. 明らかな手術合併症による死亡まで届け出ることによって、医師の萎縮行為を招くとの考えがあるが、この場合、手術の難易度、予想される合併症は当然客観性を有するものであり、また患者あるいは家族はそれらを踏まえた上で手術に同意している訳である。従って、明らかな危険性が予見され、その死に対して合理的な説明がつくものまでも異状死とするものではない。あくまでも当該手術において、明らかな手術合併症によらない予期せぬ死亡もしくはその疑いのある死亡と述べているのであって、このことを届け出ることによって医療が萎縮する理由にはなり得ないと考える。なお、家族が医師の説明や結果に対して納得せず、法的手段に訴えることがあったとしても、異状死体の届け出とは関係ないものである。
  4. 警察に届け出ることによって医師と遺族との信頼関係の破壊につながるとの考えがあるが、その根拠が不明確である。患者との信頼関係を言うのであれば、最近の例に見られるように、これまで明らかな医療過誤であっても隠蔽してきた事実こそ問題であると言わねばならない。医療者自らが、第三者である警察に届け出、その判断を待つという姿勢を示すことこそ、患者・国民の医療への信頼を高める道である。ほとんどの場合、警察および第三者的立場にある医師による判断を得ることは、臨床医にとっても益する所が多く、医療者自らが積極的に届け出る姿勢を取ることこそ患者との信頼関係を築くものである。また、明らかに医療過誤が疑われる場合には、当然のことながらそれを確認した当該医師以外の医師が届け出れば良く、この問題に自己負罪拒否特権を持ち出すことは、医療過誤でない大多数の例までも、患者側からは医療過誤を隠蔽しようという行為と受け取られかねず、不要な誤解を与え、かえって患者との信頼関係を損なうものと考えられる。
  5. 病理解剖により死因を確認した後に異状死体の届け出をすれば良いのではないかとの意見があり、死体解剖保存法第11条においても「死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは、24時間以内に、解剖した地の警察署長に届け出なければならない」と規定されている。しかしこの条文では犯罪の範囲が不明確であり、病理解剖医が医療機関での予期せぬ死亡を犯罪と関係ないと判断すれば届け出がなされないことになる。日本法医学会としては、死因のみならず死亡に至る過程が異状であった場合にも異状死体の届け出をすべきであるとしていることは前項までに述べた通りである。従って、患者の予期せぬ死亡は解剖前に届け出るのが妥当であり、その後解剖への対応を警察等と協議すべきである。また解剖を実施するにしても当該医療機関で行うことは、中立・公平の面から遺族が不信感を抱く可能性があることは否めない。そのためにもできるだけ当該病院との間に中立性を確保している機関で解剖が行われることが望ましい。

 以上のように、日本法医学会「異状死ガイドライン」は、決して医師の萎縮医療を招いたり、医師と患者の信頼関係を破壊するような結果にはならないものであり、むしろ、このガイドラインを広く適用することで国民からの医療に対する信頼を回復することになろう。従って、日本法医学会としてはこの「異状死ガイドライン」を一般臨床医に広く周知させるためにも、厚生労働省が医師法施行規則中に別表として付すことを強く希望するものである。

平成14年9月
日本法医学会 Japanese Society of Legal Medicine
An opinion of Japanese Society of Legal Medicine on "Guidelines for notification of unnatural death"

「異状死ガイドライン」

平成6年5月

日本法医学会
(日法医誌 1994 第48巻, 第5号, pp.357-358 掲載)

 医師法21条に「医師は、死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されている。
 これは、明治時代の医師法にほとんど同文の規定がなされて以来、第2次大戦中の国民医療法をへて現在の医師法に至るまで、そのまま踏襲されてきている条文である。
 立法の当初の趣旨はおそらく犯罪の発見と公安の維持を目的としたものであったと考えられる。
 しかし社会生活の多様化・複雑化にともない、人権擁護、公衆衛生、衛生行政、社会保障、労災保険、生命保険、その他にかかわる問題が重要とされなければならない現在、異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている。
 基本的には、病気になり診療をうけつつ、診断されているその病気で死亡することが「ふつうの死」であり、これ以外は異状死と考えられる。しかし明確な定義がないため実際にはしばしば異状死の届け出について混乱が生じている。
 そこでわが国の現状を踏まえ、届け出るべき「異状死」とは何か、具体的ガイドラインとして提示する。
 条文からは、生前に診療中であれば該当しないように読み取ることもできるし、その他、解釈上の問題があると思われるが、前記趣旨にかんがみ実務的側面を重視して作成したものである。

【1】外因による死亡(診療の有無、診療の期間を問わない)
(1)不慮の事故

  1. 交通事故
    運転者、同乗者、歩行者を問わず、交通機関(自動車のみならず自転車、鉄道、船舶などあらゆる種類のものを含む)による事故に起因した死亡。
    自過失、単独事故など、事故の態様を問わない。
  2. 転倒、転落
    同一平面上での転倒、階段・ステップ・建物からの転落などに起因した死亡。
  3. 溺水
    海洋、河川、湖沼、池、プール、浴槽、水たまりなど、溺水の場所は問わない。
  4. 火災・火焔などによる障害
    火災による死亡(火傷・一酸化炭素中毒・気道熱傷あるいはこれらの競合など、死亡が火災に起因したものすべて)、火陥・高熱物質との接触による火傷・熱傷などによる死亡。
  5. 窒息
    頸部や胸部の圧迫、気道閉塞、気道内異物、酸素の欠乏などによる窒息死。
  6. 中毒
    毒物、薬物などの服用、注射、接触などに起因した死亡。
  7. 異常環境
    異常な温度環境への曝露(熱射病、凍死)。日射病、潜函病など。
  8. 感電・落雷
    作業中の感電死、漏電による感電死、落雷による死亡など。
  9. その他の災害
    上記に分類されない不慮の事故によるすべての外因死。

(2)自殺
死亡者自身の意志と行為にもとづく死亡。
縊頸、高所からの飛降、電車への飛込、刃器・鈍器による自傷、入水、服毒など。
自殺の手段方法を問わない。
(3)他殺
加害者に殺意があったか否かにかかわらず、他人によって加えられた傷害に起因する死亡すべてを含む。
絞・扼頸、鼻口部の閉塞、刃器・鈍器による傷害、放火による焼死、毒殺など。
加害の手段方法を問わない。
(4)不慮の事故、自殺、他殺のいずれであるか死亡に至った原因が不詳の外因死
手段方法を問わない。

【2】外因による傷害の続発症、あるいは後遺障害による死亡
例)頭部外傷や眠剤中毒などに続発した気管支肺炎
  パラコート中毒に続発した間質性肺炎・肺線維症
  外傷、中毒、熱傷に続発した敗血症・急性腎不全・多臓器不全
  破傷風
  骨折に伴う脂肪塞栓症   など

【3】上記【1】または【2】の疑いがあるもの
外因と死亡との間に少しでも因果関係の疑いのあるもの。
外因と死亡との因果関係が明らかでないもの。

【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。
診療行為の過誤や過失の有無を問わない。

【5】死因が明らかでない死亡
(1)死体として発見された場合。
(2)一見健康に生活していたひとの予期しない急死。
(3)初診患者が、受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合。
(4)医療機関への受診歴があっても、その疾病により死亡したとは診断できない
場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合)。
(5)その他、死因が不明な場合。
病死か外因死か不明の場合。

(日本法医学会教育委員会(1994年当時):柳田純一(委員長)、木内政寛、佐藤喜宣、塩野 寛、辻  力、中園一郎、菱田 繁、福島弘文、村井達哉、山内春夫)