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「薬毒物検査のための手引き」 |
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– 鑑定の信頼性を保証するための試料の採取・取扱 –(第2次草案) |
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はじめに |
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この“手引き”は司法,行政および承諾解剖に伴う薬毒物検査のための試料に関わる問題 — 試料の採取,試料の真正 (Identification),試料保管の継続性
(Chain of custody),試料の完全さ (Integrity) など — に研究室がどのように対処すればよいのか,さらに,検査結果を解釈する上で,どのようなことに留意すればよいのか,各研究室が直ぐにでも,あるいは近い将来に履行が可能であろうと考える指針を提示することを目的に作成した. |
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1. 薬毒物検査の流れ
薬毒物検査(鑑定)は次の手順で行う. |
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1) |
検査試料の点検・チェック
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試料のIdentification(確かに当該人物のものであること)およびIntegrity(改竄や分解がなく完全であること)を確認する*1.検査に先立って,再分析のために,試料を小分けしておくことが望ましい. |
*1 |
試料が凍結していること,密封され,漏れがないことを確かめた後,検査依頼書と照らし合わせて,試料の類型,数量などに間違いがないかチェックする. |
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2) |
薬毒物スクリーニング |
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情報の有無に関わらず,できる限り広範な薬毒物のスクリーニングを行うことが望ましい.これは検査結果の解釈・評価の上でも重要である[第5節 6)薬毒物の相互作用などを参照].情報から得た薬毒物が必ずしも重要な役割を果たしているとは限らない. |
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3) |
確認試験 |
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スクリーニングで検出された薬毒物が確かに試料中に存在することを,スクリーニングとは別の分析手段で確認する.特に,スクリーニングがGC/MSあるいはLC/MS以外の分析手段である場合は重要である.GC/MSあるいはLC/MSの場合は,定量分析 (SIM:Selected Ion Monitoring) の際の保持時間およびイオン比を確認に当てることができるだろう. |
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4) |
定量分析 |
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確認された薬毒物は定量する.その際,使用する分析法は予め,バリデーション(信頼性があり,再現性があることの確認)をしておくことが望ましい.また,定量分析では,キャリブレーターとは別に調製したコントロールを使用する.コントロールの結果は,その分析(バッチ)の結果が容認できるか否かの判断基準になる. |
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5) |
全検査手順・検査結果の吟味 |
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秤量,希釈,検査手順,分析条件,分析結果および計算など,すべてを再点検する(再点検は分析者とは別の人が行うのが望ましい).これを実施するには,すべてを記録・保存しておくことが必要である. |
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6) |
検査結果の解釈・評価 |
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文献値と比較して,当該事例における薬毒物の作用の程度を考察する.その際,摂取から死亡までの時間,年齢,常用の有無(カルテ等から),疾患など(カルテ,剖検所見から)および第5節(薬毒物検査結果およびその解釈に影響を及ぼすファクター)を考慮する. |
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7) |
報告書作成 |
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報告書は再鑑定・再検査(追試)ができるように,詳細に記載し,生データも含めることが望ましい.詳細なデータを示さない場合は,必要なときに何時でも全ての記録および生データを提出できるように,1つのファイル(Litigation
package:訴訟パッケージ*2)にして保管する. |
*2 |
本報告書「法医中毒学研究室ガイドライン」14頁の9.8を参照. |
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報告書(鑑定書)の記載内容(例) |
検査試料登録番号,報告の日付,報告書作成者氏名を記載. |
検査試料: |
試料の類型を記載.受託検査の場合は,試料受渡の事実(何時,何処で,誰から誰に),試料梱包・容器の形態および状況,試料の類型,量および状態を記載し,写真を添付. |
検査項目: |
検査の類型および担当者を記載. |
検査方法: |
検査項目毎に検査手順を詳細に記載. |
検査結果: |
スクリーニングおよび定量の検査項目毎に検査結果を記載. |
考 察: |
文献などを参考にして検査結果を解釈した結論を記載.この項は鑑定書では鑑定の項になる. |
備 考: |
参考となる文献などの内容を記載. |
参考文献: |
引用した文献名を記載. |
残余試料: |
保管状況を記載.受託検査では,検査後,試料を返却したことを記載(受渡書に署名). |
鑑定書の場合は上記に加え,受託年月日,事件名,鑑定嘱託者,鑑定嘱託書番号,被害者氏名・年齢・住所,被疑者,鑑定受託者,検査補助者,鑑定嘱託事項を記載. |
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2. 薬毒物検査試料の類型・量など |
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1) 薬毒物検査試料の類型・量
薬毒物検査に必要な試料の類型と必要量を下表に示す. |
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No. |
試料名 |
必要量*3 |
備 考 |
1 |
心臓血*4 |
10 – 20 ml x 2 |
1つは2日以内の検査用として冷蔵保存.
他の1つは冷凍保存する. |
2 |
大腿静脈血 |
約10 ml x 2 |
1つは2日以内の検査用として冷蔵保存.
他の1つは冷凍保存する. |
No. |
試料名 |
必要量*3 |
備 考 |
3 |
尿 |
10 – 20 ml x 2 |
1つは2日以内の検査用として冷蔵保存.
他の1つは冷凍保存する. |
4 |
眼球硝子体液 |
約10 ml |
冷凍保存する. |
5 |
胃内容物 |
10 – 20 ml (g) x 2 |
1つは2日以内の検査用として冷蔵保存.
他の1つは冷凍保存する. |
6 |
胆 汁 |
採取できるだけ |
冷凍保存する. |
7 |
脳*5 |
約20 g |
冷凍保存する. |
8 |
肺 臓 |
約20 g |
冷凍保存する. |
9 |
肝 臓 |
約20 g |
冷凍保存する. |
10 |
腎 臓 |
約20 g |
冷凍保存する. |
11 |
脾 臓 |
約20 g |
冷凍保存する. |
12 |
筋 肉 |
約20 g |
冷凍保存する. |
13 |
脂 肪 |
約20 g |
冷凍保存する. |
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*3 表に示した必要量は目安である.
*4 左心血と右心血を別々に10 ml程度ずつ採取後,上表に記載した量の左右混合血を採取することが望ましい.
*5 大脳と小脳を別々に採取することが望ましい. |
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i) |
上記全試料の採取が望ましいが,それができないときは,少なくとも心臓血,大腿静脈血,尿,胃内容物および肝臓を採取する.腐敗などにより血液が得られない場合は,血液の代替試料として筋肉(大腿部)を採取する. |
ii) |
最初に行う薬毒物スクリーニングには,心臓血および尿,および/あるいは胃内容物を用いる. |
iii) |
疑われる薬毒物が気体(青酸,プロパンなど)あるいは揮発性物質である場合は,試料の一定量を量り取り,直接バイアルに入れ,直ちに密栓して冷蔵する. |
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2) 試料容器 |
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i) |
液体試料を入れる容器はネジ口栓付きのもので,凍結時に破損しない丈夫なものが望ましい.また,凍結時の体積膨張による容器の破損を防止するため,入れる試料の量は容器の8分目以下に留める.尚,長期間の冷凍保存では,ガラス容器は破損する場合があるので不適である. |
ii) |
臓器等の固体試料は個別の容器あるいはビニール袋に入れ,事例毎にまとめて1つのタッパーまたは箱に入れる. |
iii) |
各試料容器(本体と蓋の両方)に事例番号(あるいはそれと同定できる適切な番号あるいは文言),試料名,採取日時,採取者名などを記載する(ラベルは冷凍/冷蔵保存中に剥がれないものを使用し,消えたり,滲んだりしないインキで記入する). |
iv) |
特殊な薬毒物には化学的特性に応じた容器を用いる.例えば,アルカリ性化合物やフッ化水素にはガラス製容器は使用できない.また,有機溶剤を含有している製剤(例えば,有機リン剤)にはプラスチック容器は使用できない. |
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3) 感染性の高い試料の識別および試料取扱中の事故等に対する対処 |
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i) |
生体および死体試料はすべて生物学的危険物質として取り扱うが,特に,結核,肝炎あるいはHIVのような感染性の高い病気を持っている生体,あるいは死体から得た試料はすべて,薬毒物検査に携わる人が容易にそれと判る方法ではっきりと区分する(例えば,試料容器に赤色のラベルを貼る).解剖中に市販されているウイルス検査キットで検査することを勧める. |
ii) |
感染性試料の取扱いおよび生体試料の廃棄を含む試料の取扱いなどについては,“研究室安全マニュアル”を整備し,そこにまとめて記載することが望ましい. |
iii) |
事故に際して,大学側が労災として認定し,対処できるようにマニュアルを整備する.すなわち,既に病院内で医療従事者を対象にした汚染試料による事故の取扱いなどが整備されているので,これに参加できるようにする. |
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3. 薬毒物検査試料の採取方法 |
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1) |
左右心臓血は穿刺により,または各心室壁切開後,ディスポーザブルシリンジを用いて採取する. |
2) |
左右混合血は心臓摘出時に,大血管切断端より流出する血液を柄杓などで受けて採取する. |
3) |
大腿静脈血は,原則として右大腿静脈*6からディスポーザブルシリンジ穿刺により,または血管切断端より流出させて適当な容器に採取する.このとき,総腸骨静脈はコッヘルクランプで閉塞しておく.大腿部内側下端から鼠径部に向けてマッサージすると採取し易い.
*6 胃からできるだけ離れた部分(胃からの薬毒物の死後拡散を最も受けにくい部位) |
4) |
尿は穿刺により,または膀胱壁切開後,ディスポーザブルシリンジを用いて採取する. |
5) |
眼球硝子体液は左右眼球よりディスポーザブルシリンジ穿刺により採取し,容器を分けて保存する.なお,眼球硝子体液採取後,生理食塩液を注入し,眼球を復元しておく. |
6) |
胃内容物はビーカーなどに取り出した後,必要量を採取する. |
7) |
胆汁はディスポーザブルシリンジ穿刺により,あるいは胆嚢を切開後,ディスポーザブルシリンジを用いて採取する. |
8) |
臓器は軽く表面を水で洗い,タオルなどで水を拭き取ってから採取する.左右の別を含め,採取部位を明記する.(採取部位を一定にする) |
9) |
筋肉は大腿静脈血を採取した側の大腿部前面(大腿四頭筋)より採取する. |
10) |
脂肪は腹壁より採取する. |
注) |
でき得る限り,採取する試料の解剖学的部位はすべての事例で同一になるようにする. |
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4. 薬毒物検査用試料の保管・移送および廃棄方法 |
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1) |
検査試料台帳に,受入番号,剖検番号/日付,試料受入年月日・時刻,試料名および量,試料保管場所および保管者名を記載する. |
2) |
試料保管のための冷蔵庫,冷凍庫は施錠できる機種を用いる. |
3) |
研究室内での試料の移送は,取違え,紛失などを防ぐため,症例毎に1つの移送容器(小型の段ボール箱など)に入れて行う. |
4) |
各検査のワークシートに検査に使用した試料名および量,日付,使用者名を記録する. |
5) |
検査委託などで試料を他機関へ移送する場合は,凍結した試料を小型の発泡スチロール製の箱にドライアイスまたは保冷剤とともに入れ密封する.
検査委託試料に添付する(あるいは別送する)検査依頼書には,当該個体の氏名(イニシアルで記載),剖検番号などのID番号,年齢,性別,事件事故の日付,死亡日時,事件事故の概要,治療履歴(治療薬,入院歴),試料名および量,依頼者の氏名・肩書・署名(印)および日付を記載する.
検査試料のChain-of-Custody(証拠物件保管の継続性)に関わる責任は,検査受託機関に試料を渡すまでは,検査委託機関にある. |
6) |
試料はでき得る限り長期にわたって保存することが望ましいが,スペースの問題で廃棄せざるを得なくなるだろう.
廃棄に際しては,試料がバイオハザードであることを考慮して,法令および当該組織(団体)の規定を遵守しなければならない. |
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5. 薬毒物検査結果およびその解釈に影響を及ぼすファクター |
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1) |
残存する活性を持った酵素による死後代謝 |
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局所麻酔薬などのエステル類は,血漿コリンエステラーゼにより死体のみならず採取された血液試料においても速やかに代謝が進行する.コリンエステラーゼの活性は,室温に3週間放置された血液中でもほとんど低下が認められない.
採取した血液中でのエステル類の分解を防止するためには,フッ化ナトリウム(NaF)を1%程度の割合で添加する.但し,エステル型局所麻酔薬のテトラカインやプロカインの血中での代謝を押さえるには,NaFのかわりにネオスチグミンを用いる必要がある.また,エステル型有機リン剤のジクロルボスは,NaF添加により分解が促進されるので注意が必要である. |
2) |
細菌による薬毒物の死後産生および分解 |
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細菌による産生が問題となるのは,エタノールとアミンである.エタノールの死後産生の有無を判断するには,同時に産生されてくるn–プロパノールを指標とするとよい.n-プロパノール濃度は,血液では死後産生エタノール濃度の5%以上を示す場合が多く,この濃度関係が,エタノール死後産生量の一応の目安となる.
死後産生されるアミンで注意すべき物質はフェネチルアミンである.分子構造がアンフェタミンに類似し,イムノアッセイによるスクリーニングでは,アンフェタミン類に対し偽陽性反応を引き起こす.
細菌による薬毒物の代謝は還元反応であり,ニトロベンゾジアゼピン類は腸内細菌により7–アミノ体に代謝される.NaF添加によってもその代謝を完全には抑制できないが, –20℃に試料を保存すれば,分解を完全に抑制することができる.
抗精神病薬のクロザピンのようにN–オキサイド代謝物の血中蓄積量が多い薬物では,細菌によるN–オキサイドの還元により,死体内またはバイアルビンに採取した血液中で親薬物(クロザピン)の濃度が著明に上昇する可能性がある. |
3) |
死後における薬毒物の再分布 |
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分布容積の大きな塩基性薬毒物で問題となる.肺組織に高濃度に分布した薬毒物が,壁の薄い肺静脈内へ速やかに拡散し,引き続き左心房内へ再分布するために生じる.右心血では,左心血ほど死後における薬毒物濃度の上昇が顕著ではない.死後経過時間の比較的短い死体では,右心血の薬毒物濃度は末梢血(大腿静脈血)の薬毒物濃度と類似した値を示すことが多いので,右心血は末梢血と同様に薬毒物の定量分析に適した試料である.なお,死後硬直や腐敗,また,検屍や死体運搬時の体位の変動により,血管内を血液が移動し,薬毒物の再分布が増強されるので,注意が必要である. |
4) |
胃内薬毒物の周辺組織への死後拡散 |
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胃内からの死後拡散がよく問題となるのはエタノールである.胃内からのエタノール拡散の影響を最も受けやすい体液は心嚢液で,以下左肺静脈血,大動脈血,左心血,肺動脈血,上大静脈血,下大静脈血,右心血,右肺静脈血の順にその影響は小さくなり,大腿静脈血への影響は非常に軽微である.胃内からのエタノールの死後拡散は,エタノールの胃内残留量,体格および死後経過時間によりその程度が異なる.実際には,数%以上のエタノールを含む胃内容が100 g以上存在し,死後経過時間が1日以上の死体で問題となる.
一般の薬毒物についても,胃内に多量に(数10 mg以上)残留する場合には,死後経過時間が長くなれば,胃周囲の体液や組織は,胃内からの薬毒物拡散の影響を強く受ける.しかし,大腿静脈血は死後2日程度ではその影響をほとんど受けない. |
5) |
気管内薬毒物の心臓血への死後拡散 |
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薬毒物を多量に含む吐物を誤嚥した剖検例では,気管内から気管周囲の組織,特に心臓血への薬毒物死後拡散を考慮しなければならない.
心肺蘇生術を受けた患者の剖検例では,心拍の再開が全く認められなかった場合でも,気管内挿管に由来するリドカインが気管内から心臓血,特に左心血へ死後拡散しているので注意が必要である. |
6) |
薬毒物の相互作用など |
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薬毒物検査結果を解釈・評価する際(特に,複数の薬物が検出された場合)には,以下の事項にも留意する. |
i) |
作用の増強(相加/相乗作用) |
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例えば,中枢神経抑制薬とアルコールを併用した場合,中枢神経抑制効果は相加/相乗的になるので,一般に,単独使用に較べて中枢神経抑制作用は増強されている. |
ii) |
作用の減弱(拮抗作用) |
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例えば,気管支喘息治療薬のサルブタモール(ß–刺激薬)と降圧薬のナドロール(ß–遮断薬)との併用により,一般に両作用とも減弱するが,ß–受容体に対する結合親和性はアンタゴニストの方が高いので,重篤な作用(気道閉塞→呼吸停止)が発生した事例もある.(気管支喘息患者へのナドロール投与は禁忌) |
iii) |
代謝酵素に対する作用 |
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a) |
Mechanism–based Inhibition |
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例えば,抗ウイルス(ヘルペス)剤のソリブジン(現在,中止)と5–フルオロウラシル系抗癌剤のテガフールの併用,あるいはマクロライド系抗生物質とCYP 3A4 で代謝される薬物の併用では,単剤使用に較べ,何れも後者の体内薬物(代謝物)濃度が異常に上昇する. |
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b) |
Competitive Inhibition(競合阻害) |
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同一の酵素CYP 3A4で代謝される薬物(例えば,抗菌剤のケトコナゾールと催眠剤のトリアゾラム)の併用により,単剤使用に較べ,酵素親和性の低い薬物(トリアゾラム)の体内薬物濃度が著しく上昇する.また,シメチジンはCYP 1A2, 2C9, 2D6, 3A4などを阻害し,併用した薬物の代謝・排泄を遅延させ,体内濃度が高くなる. |
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c) |
酵素誘導 |
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例えば,バルビツレートは酵素誘導を起すことが知られており,バルビツレートと併用した薬物(例えば,フェニトイン)の血液中濃度は通常より著しく低くなる.しかし,これがプロドラッグである場合は,逆に高くなる. |
iv) |
吸収過程での相互作用 |
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例えば,グレープフルーツジュースの飲用により,その成分が小腸上皮細胞のCYP 3A4で代謝される薬物の代謝を競合阻害し,吸収を亢進するため,薬物の体内濃度が上昇する.その他,P蛋白質の基質となる薬物同士の併用による吸収の増大などがある. |
v) |
代謝酵素の遺伝的多型 |
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例えば,CYP 2D6, 2C19あるいは2C9のPM (poor metabolizer) の個体にこれらの酵素で代謝される薬物を投与すると,血液中濃度はより高く,長時間維持されるため,有効域の狭い薬物では副作用が起り易くなる. |
vi) |
連用による半減期の遅延 |
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例えば,血小板凝集抑制剤のチクロピジンは単回投与ではT1/2は7時間であるが,連続投与ではT1/2は30–50時間にも遅延する. |
vii) |
代謝および排泄の低下 |
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肝臓あるいは腎臓疾患のある個体では,代謝あるいは排泄能が低下している.剖検所見(組織学的検査)をもとにして,これを考察する. |
viii) |
併用禁忌・併用注意の薬物 |
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存在が確認された薬物については,添付文書で併用禁忌あるいは併用注意になっているか確認する.該当する場合は,それらの血液中濃度および副作用に留意する. |
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小川節郎,佐伯 茂 監修・編著:緩和医療と薬物相互作用.真興交易㈱医書出版部(2003),他を参照. |
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6. 薬毒物検査結果の解釈(評価)
当該薬毒物分析法がバリデートされていることが大前提となるが,第5節(薬毒物検査結果およびその解釈に影響を及ぼすファクター)を検討した上で,当該事例の薬毒物の血液中濃度と文献に記載されている治療レベル,中毒レベルおよび致死レベルとを比較し,中毒学的面から薬毒物の作用の程度を評価・判定する.最終的な結論は剖検所見も含めて総合的に判断されるものである. |
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7. 参考資料およびデータ集 |
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1) |
法医中毒学ワーキンググループ 編:薬毒物検査マニュアル 1999(日本法医学会) |
2) |
Baselt RC:Disposition of toxic drugs and chemicals in man, 7th ed., Chemical Toxicology Institute, Foster City, California (2004). |
3) |
鈴木 修,屋敷幹雄 編:薬毒物分析実践ハンドブック,じほう (2002). |
4) |
The Bulletin of The International Association of Forensic Toxicologists, 26 (1) supplement,, 107–123 (1996) & 29 (1), 15–16 (1999). |
5) |
Winek CL, Wahba WW, Winek Jr CL, et al:Drug and chemical blood-level data 2001. Forensic Sci Int, 122, 107–123 (2001). |
6) |
Schulz M, Schmoldt A:Therapeutic and toxic blood concentrations of more than 800 drugs and other xenobiotics Pharmazie, 58, 447–474 (2003). |
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おわりに |
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法医中毒学ガイドライン小委員会がここに提示した“手引き”は信頼性のある薬毒物検査(鑑定)を行うための1つの指針である.各研究室の実情に応じて適切に対応されることを期待する.
法医中毒学ガイドライン小委員会は順次,薬毒物検査(鑑定)に関わる諸課題について,指針を提示していく予定である. |